協力者紹介

大塚 徹(オオツカ トオル)

大塚 徹(オオツカ トオル)

株式会社 日本ヒューマン経営研究社 代表

H Phttp://www.nihon-human.co.jp

プロフィール
1940年 栃木県生まれ。
1966年 法政大学 経済学部(二部)卒業。
1974年 (株)パイプのけむり(パブ)設立。
1975年 (株)日本ヒューマン経営研究社 設立。

“人間学”を研究テーマとし、今日に至る。
発達心理学、人間行動学、社会心理学、社会と経済、などの研究により「やる気とやりがい」、「徳と才」をベースとし、実践経営から修得したユニークな理論と具体的な事例による研究・講演・執筆・コンサルティング活動を続けている。
情熱溢れる講演は、一度聞いたら忘れられない感動を覚える。

メディア活動
・ラジオレギュラー番組(1989年10月より)CRT栃木放送 日曜18:45~
大塚 徹の「明快人間学」放送中!
・テレビ・ラジオ出演
NHKラジオ・深夜便サンデートーク「今時の新入社員と付き合うには」
TBSテレビ・ガチンコ「ビジネス学院」講師
TBSテレビ゙・学校へ行こう!「マナーの猫」講師

執筆活動
・日本経済新聞
・隔月刊「たくちゃん便り」
・外食ジャーナル
・月刊 「写真文化」
・月刊「カフェ&レストラン」
・月刊「ネットワーク」
・季刊「生活衛生だより」
・大塚徹の「社内報」

著 書
・人の心を動かす「商売繁盛の人間学」(現代書林)
・人に喜ばれる「自分を生かす仕事学」(代書林)
・会社を伸ばす「人心掌握の幹部学」(現代書林)
・「読むカクテル・飲んでおしゃれになる」(青娥書房)      
・「商売・ビジネスで成功する人の仕事術」(旭屋出版)


安田 悟士(ヤスダ サトシ)

安田 悟士(ヤスダ サトシ)

メッセージ
戦前、戦後、戦中を生き抜いて来た者として、平成14年まで大方順風満帆に推移したやに思っていました。
63年間病気知らずで来ましたが、健康診断で医師から突然大病を宣告され、目の前が真暗闇になり、右往左往するばかりでした。
家族、従業員とその家族の、生活の保障を考えた時、経営者としての責任の重さを感じ夜も眠れない日々が続きました。
そして、やっと出た結論がM&Aで企業の継続であるとの思いで実行に移しました。
その後、自分の身の振り方を考え、シルバー大に入学しました。

入学して、これから先いかに他人に迷惑を掛けず、人の為になれるかを学んで少しづつ実行して、卒業しました。
ボケ老人に成らないために、不慣れなパソコン、料理、ピアノ、カラオケ教室、旅行と実行している所です。

人の為に少しでもと、思っている矢先に訓平さんからの相談でNPO法人の設立との事で、内容を聞くと、自信は有りませんが、少しでも手助けが出来ればとの思いと身障者の立場に立てるのではないか、との思いです。
健常者の皆さん、障害者の立場に立てる様な意識改革を、持とうでは有りませんか。先頭に立って、旗振り役をしたいと思います。

プロフィール
昭和14年 栃木県鹿沼市の片田舎に生まれる
昭和38年 社会人として憧れの大手企業のサラリーマンに成る
昭和48年 独立、平成19年まで順調に推移する
平成19年 M&Aをして、現役を退く


亀田 トモノリ(カメダ トモノリ)

亀田 トモノリ(カメダ トモノリ)

株式会社エフ・モード 代表取締役

H Phttp://www.f-mode.co.jp/

メッセージ
健常者として30年、そして障害者として30年、人生の残り30年を再生医療でまた健常者として30年、僕は生きていきます。
アクセシブル・ラボを立ち上げた大塚訓平君から、投げかけられた言葉に僕は胸を熱くしました。

健常者と障害者を結びつけるために、神様は大塚訓平という大きな心の人間にそんな役割を与えたのかなと考えてしまうほど本当に真面目で一生懸命な人柄です。
そのような人柄ですから周りにもたくさんの協力者がいるよね。それにも関わらず「兄貴一緒にやりましょうよ。」と声をかけていただいた僕は本当に幸せものです。

旅行をする時に、障害者対応とうたっていてもそこには本当に障害のある方を思いやった設備や装置が少ないという事を訓平君から聞きました。また設備が優先になるあまりにロケーションなどに配慮されていないお部屋もまだまだあるとの事。

僕は建築に携わる人間として、障害を持つ人でも旅に出かけたくなるような客室をデザインしていきます。かっこいいカフェや美容室、障害を持つ方も健常者の方も意識することなく楽しめる空間を作っていきたい。
もちろん周囲の人たちもきっと、そんな場所作れたらいいなと思っているはず、だけど世の中その気持ちがあっても色々な制約があってなかなか動く事が出来ないという大人の事情もわかります。

訓平君が立ち上げたアクセシブル・ラボはそんな気持ちを形にして皆につないでいくのです。アクセシブル・ラボはこれからの世の中をきっと変える事が出来ます。
皆さんにもきっと伝わると思います。
「変えていこう!アクセシブル・ラボが!」
そんな思いでこれからも熱く熱く応援させていただきます。

プロフィール
1965年(昭和40年)栃木県栃木市に生まれる。
栃木県立栃木工業高校を卒業後、電気水道設備工事の実務を現場にて学びその後店舗デザイン事務所に転職して設計士の資格をとるたたき上げの空間デザイナー、「知恵と知識を駆使してお客様に喜んでいただく」を理念にかかげ熱く熱く仕事をする。現在は、全国で宿泊施設、美容室、飲食店などを手がける。


山口 弘人(ヤマグチ ヒロト)

山口 弘人(ヤマグチ ヒロト)

(株)ドクターリフォームサンセイ 代表取締役

H Phttp://www.dr-reform.com/

応援文
2007年、私と大塚さんは、地元うつのみや花火大会の実行委員会メンバーにボランティアという形で参加し出会った。資金集めや会場準備等に、彼はサッカーで鍛えたその足で奔走した。そして、その2年後・・・突然の不慮の事故によって彼の足は動かなくなった。彼曰く「1日だけ泣いた。」そうだ。
そんな彼が、2013年NPO法人アクセシブル・ラボを立ち上げた。もちろん仕事をしながらの活動だ。事故当時、復活できるのかと心配していた気持ちは、私の頭の中から、もうすっかり消えている。さぁみんなで応援しよう!大塚訓平のような、活動的な車いすユーザーを創りだすこの活動を!街に楽しく安全に繰り出せる環境を!

プロフィール
1973年 宇都宮市に生まれる。
1991年 富士山の麓にある日本建築専門学校入学、日本建築を学ぶ。
1994年 現場監督として働きながら25歳で一級建築士取得。
2001年 栃木に帰郷。テレビ東京「TVチャンピオン」リフォーム王選手権優勝。
2003年 30歳で代表取締役就任。
2006年 インテリアコーティネーター資格取得。
2007年 自宅オープンハウス「息吹の家」完成。
2012年 自身が代表を務める(株)ドクターリフォーム・サンセイが創立40周年を迎える。

栃木県内にエリアを限定し主に住宅を中心に、デザイン設計・施工を手掛けるドクターリフォーム・サンセイ代表取締役。県内でも数少ない実力派のリフォーム専門会社として注目されている。


床井 ちとせ(トコイ チトセ)

ちとせ(チトセ)

私ブランド塾SHINBI主宰・印象戦略家
ウォーキングコーディネーター

H Phttp://www.shinbi.cc

賛同動機
あるホームセンターの、車いすマークのついた優先駐車スペース。
駐車スペースの中央に青い三角ポールが置いてあった。
え?!自分で運転して来た車いすの人は、車から降りてポールを自分で移動するの?
そしてまた車に戻って駐車しないといけないの??
そんな景色が無償に悲しかった。
きっと、健常者が停めてしまうのを防ぐためでしょう。
車を停めてしまう人だけの問題ではない。
お店だって、どういった状況かを考えればポールを置かずに対応出来たはず。
私達にできる事は車いすで生活する人への思いやりを持つ事や、知識を知って行動することではないのだろうか。そんな 行動が「当たり前」になればいい。
そして、「障がい者と健常者の境界線をなくしたい」という訓平さんの熱い想いに、ただただ賛同したいと思いました。

プロフィール
魅力アップや印象力などをテーマに、年300を超えるセミナーを担当。受付初日で満席になる超・人気講師で、何よりココロを大切にする指導方法に老若男女の”ちとせファン”を持つ。
興味を惹きつける「印象戦略」という人材教育の新基軸を提案し、「結果がすぐ出る研修」として営業、接客のスキルアップ教育を多数手掛ける。講演、研修、コンサルティングなどの受講者は年5000 人を超える。
宇都宮市出身、在住。

主なセミナー・研修先
商工会・商工会議所・青年会議所・高校・大学・専門学校の学生・自治体職員・生命保険会社・幼稚園教諭などの教職員・化粧品メーカー・人材派遣会社・病院・住宅メーカー・金融機関・自動車ディーラー・美容サロン・広告代理店・ホテル・旅館・観光協会・結婚式場・経済団体・企業経営者・政治家

著 書自分をみがく方法(2011年8月 発売)


関谷 有三(セキヤ ユウゾウ)

関谷 有三(セキヤ ユウゾウ)

株式会社オアシスソリューション 代表取締役

H Phttp://www.oasys-inc.jp

プロフィール
1977年 宇都宮生まれ 
1996年 県立宇都宮高校 卒業
2001年 成城大学経済学部 卒業

大学卒業後、父の会社に入社し新規事業の立ち上げに参画。その後29歳で独立し、株式会社オアシスソリューションを起業。オゾンを使った浄化技術や電気自動車を使ったカーシェアリングをメインに成長を続けている。国際的な監査法人グループが発表した日本企業の成長率ランキング50において、2009年度2位、2010年度6位と2年連続でベスト10にランクインする快挙を達成。日本ではまだ成功事例の少ない環境系ベンチャー企業の経営者として注目を集めている。

メッセージ
僕と訓平は実は、子供の頃からの幼馴染の関係です。毎年、二つの家族が一緒になって、ともに旅行をするほどの仲良しでした。当時は、兄弟同然の間柄で共に大人へと成長していきました。大学入学し、上京してからは少しづつ疎遠になり、お互いの近況は、友人づてや風の噂で聞く程度になってしまいましたが、いくつになっても訓平は僕の弟のような存在で有り続けました。そんなある日、訓平の事故の知らせを聞きました。耳を疑い、まさかそんな事が起きるなんてと信じられませんでしたが、残念ながらその知らせは事実でした。けれども、訓平は昔から変わらず、いつでも太陽のように明るく、周囲を照らす存在で有り続けてくれています。むしろ健常者だったころより、その輝きを増し、僕らに勇気と希望を与えてくれています。そんな最高にナイスガイの訓平を幼馴染として、同士として、微力ながら恩返しとしてお手伝いができればと思っています。訓平は栃木の、日本の、世界の希望の星になる男です!!


長谷川 敦弥(ハセガワ アツミ)

長谷川 敦弥(ハセガワ アツミ)

株式会社LITALICO 代表取締役社長

H Phttp://www.litalico.co.jp

プロフィール
1985年生まれ。2003年名古屋大学理学部入学。
名古屋大学を休学し、社会起業家を育成するNPO法人ETIC.を通じITベンチャーで3年間に渡って営業職や新規事業開発に従事。2008年に株式会社ウイングル(現:株式会社LITALICO)に参画し、2009年に代表取締役社長に就任。「障害のない社会をつくる」というビジョンを掲げ、発達障がい児への療育(治療教育)サービス、障がい者への就労支援サービスを全国で55箇所で展開している。ウイングル(現:LITALICO)は従業員数600人、毎年約1万人の新卒学生が応募する就職難関企業に成長。企業理念は『世界を変え、社員を幸せに』。

アントレプレナー・オブ・ザ・イヤー・ジャパン(EOY Japan)2011ファイナリスト
サービス産業生産性協議会「ハイ・サービス日本300選」受賞

メッセージ
LITALICOは「障害のない社会をつくる」というビジョンを追求してます。みんなそれぞれに「生きづらさ」はありますが、その「生きづらさ」を偏って抱えている人が現在は障害者と括られています。そんな言葉がなくても現在障害者と括られている人たちが自分らしい人生をおくれる社会にするためには、その生きづらさを解消する「多様な選択肢」をつくり、自分に合った選択肢「選びやすい社会」にしていくことが大切だと考えています。
今回のアクセシブル・ラボの取り組みはその「多様な選択肢」を地域の中で増やす取り組みですし、それらを情報としてもポータルサイトに掲載することで「選びやすい社会」にも貢献する社会的に重要な取り組みです。多様な選択肢を自由に選べる社会をつくることはみんなにとってより生きやすい社会につながります。
それだけ意義あるチャレンジですのでウイングルとしても全力で応援いきたいと思いますが、今回応援することを決めた一番の理由は大塚社長の人間としての魅力です。私も経営者として本業に100%集中しているため他の組織への協力依頼はこれまですべてお断りしてきましたが、今回は大塚社長にすっかりやられました。このチャレンジは非常に難易度が高いと思いますが、大塚社長であれば成し遂げることができると感じています。一緒に新しい社会をつくっていきましょう。


大蔵 拓也(オオクラ タクヤ)

大蔵 拓也(オオクラ タクヤ)

国際医療福祉大学 IUHWボランティアセンター
ボランティアコーディネーター

H Phttp://www.iuhw.ac.jp/volunteer/index.html

メッセージ
日本では、「バリアフリー」なんて聞き慣れすぎたキーワードのひとつですが、世界的には「アクセシビリティ」が一般的で、あまり浸透していないキーワードのひとつです。
ふと、あなたが普段生活する環境を思い出してみてください。一見バリアフリーが推進されているような場所であっても、当事者からしてみると、実は意外に使いにくいなんてところが多くあります。
もちろんバリアを全てなくすなんてことはできませんが、誰かが誰かのために心を配る。そんな日本人らしい「アクセシビリティ」をみなさんと一緒に考えていきたいです。

プロフィール
H23.3 国際医療福祉大学医療福祉学部医療福祉学科 卒業
H23.4 栃木県保健福祉部医事厚生課地域福祉担当 主事
H25.4 国際医療福祉大学 IUHWボランティアセンター ボランティアコーディネーター

17歳のときに、骨肉腫により車イスの生活を余儀なくされる。
車イスひとつで北海道から沖縄県までを縦断する、日本縦断の旅を現在も継続しているアクティブな冒険野郎。


飯野 貴道(イイノ タカミチ)

飯野 貴道(イイノ タカミチ)

飯野会計事務所 代表

H Phttp://www.iino-kaikei.tkcnf.com

メッセージ
「バリアフリー」とうい言葉が広く周知されているにもかかわらず、現在の社会がいかに車いすをはじめとする障がい者の方々にとって、いかに生活しにくい社会であるのか、代表理事である大塚訓平 君に今回お話をお聞きし、衝撃を受けました。このたび、縁あって特定非営利活動法人 アクセシブル・ラボの監事を務めさせていただくこととなりましたが、特定非営利活動法人としての活動が適正に行われるよう監査を行い、当法人の目的である「障がいの有無にかかわらず、みんなが笑顔で楽しく外出できる社会」が一日でも早く実現できるよう、微力ながらもお手伝いをさせていただきます。

プロフィール
1977年 栃木県宇都宮市生まれ
2001年 4月より東京の会計事務所に勤務後、2008年3月に飯野会計事務所を開業し、現在に至る。


井上 尉央(イノウエ ヤスヒサ)

井上 尉央(イノウエ ヤスヒサ)

行政書士井上事務所 代表

H Phttp://www.inoueoffice.net/

プロフィール
1996年1月 行政書士 取得
1997年3月 千葉大学法経学部法学科 卒
1997年4月 日本通運株式会社 国際航空事業部 勤務
2004年1月 行政書士井上事務所 開設
2006年6月 プロバスケットボールチーム「リンク栃木ブレックス」運営会社、株式会社ドリームチームエンターテインメント栃木(現:株式会社リンクスポーツエンターテインメント)取締役 就任
2008年3月 同社取締役辞任、契約アドバイザーとして顧問となる

メッセージ
日本の社会では近年、福祉の考え方として「ノーマライゼーション(障がい者と健常者とは、お互いが特別に区別されることなく、社会生活を共にするのが正常なことであり、本来の望ましい姿であるとする考え方)」が一般的になってきました。しかし、ノーマライゼーションの実現には、現実的には多額のコストを要したり、障がい者と健常者の考え方に大きなギャップがあるために、困難な状況に陥ってしまっています。そのような中、「ノーマライゼーションの一環でもある、車いすユーザーのアクセシビリティ(高齢者・障がい者を含む誰もが、さまざまな 製品や建物やサービスなどを支障なく利用できる状況となること)向上を実現させたい!」と声を上げたのが、代表の大塚訓平さんでした。

この度の活動趣旨をお伺いするなかで、印象的な説明がありました。

車いすユーザーは、外出しようとしてもアクセシビリティが実現されていないために、周囲に迷惑をかけてしまうと思いこんで家の中に閉じこもりがちになってしまいます。外出の機会が減ることで、交友関係はおろか、社会とのつながりも希薄になりがちで、社会との見えないもう一つの「バリア」を自ずから築いてしまいます。そのあらゆる「バリア」を取り除き、物理的にも精神的にも「アクセシビリティ」を向上させたいんです、というものでした。

自らが車いすユーザーである訓平さんによるその趣旨説明は強い説得力を持っており、ぜひ実現していただきたい、と心から強く感じさせられました。また、福祉、という社会的な考え方でなく、誰もが分け隔てなく目線をフラットに、という人間的な考え方による取組姿勢は、障がい者と健常者、いずれも肩の力を抜いて参加しやすい、と感じました。

アクセシブル・ラボが、これからあらゆる「バリア」を取り除いていってくれる、と期待を込めて、エールを送りたいと思います。

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